2月4日、新横浜で開かれた「第47回アマタケ情報交流会議」に出席した。その第一部はアマタケ(岩手県大船渡に本社のある、鶏肉・玉子・その加工品メーカー)からの提案及び情報だが、毎回二部として食に関わりのある有識者の先生を講師に招き講演をしていただいている。今回は株式会社ネフコの藤本敏夫氏の「持続還元型農業の現状と今後」という講演をうかがった。

藤本敏夫氏は1944年兵庫県生まれ。新聞記者を志望して、同志社大学文学部で新聞学を専攻。大学2年のとき、学生運動に参加。京都府学連書記長を経て、68年、全学連委員長。学生運動関連によって実刑判決を受け、72年春、入獄。栃木県黒羽刑務所で「構内清掃衛生夫土工」として服役。このとき、歌手の加藤登紀子さんと獄中結婚。出所後「大地守る会」会長、株式会社「大地」社長として無農薬有機農業の普及のため全国を奔走。
83年、自然王国運動を提案し、千葉県鴨川市嶺岡山中に農場を解説。農事組合法人「鴨川自然生体農場代表理事、鴨川自然王国代表となる。95年に「農産物自給研究会」、97年に株式会社「農業食品監査システム」を設立し、本格的な有機農業への対応を準備する。(藤本敏夫著 現代有機農業心得より) 鴨川自然王国 http://shizen-ohkoku.smn.co.jp/

以下講演内容より。

私は学生運動によって実刑を受け、3年8ヶ月刑務所に入っていた。世間一般の価値観からすれば、刑務所に入るなんてとんでもないことだが、そこで農業に対する思いを得ることが出来た。今の自分の生き方は、刑務所体験無くしては語れない。反社会的だが一寸先は何が起きるか分からないのが世の中で、多分雪印の責任者も、まさかこんなことになるか分からなかったであろう。

この時期、旧来の価値観が崩れている。いままで正しいと思われていたことがある日突然崩れる。そうすると極端な場合犯罪につながる。今までかばい合っていたのが、こうした社会変化の中では、これまでどうりいかない。犯罪としてあぶり出されるのだ。

平成11年7月12日「食料・農業・農村基本法」が公布された。これは昭和36年の「農業基本法」が38年ぶりに廃止され、それに変わったのがこの法律である。
旧農業基本法は一言で言えば、農業の近代化をうたったもので、機械化・大規模化・分業化を徹底し、平均化させて効率を上げ、農薬・科学肥料の多用で生産性を上げようと農水省は農業現場を指導してきた。群馬県嬬恋では、2000ヘクタール全部キャベツを作っている様に、きわめて大規模な生産地を作り単作をさせていた。この地域は、例えば人参を作らそうと産地形成を進めていった。
このような大規模産地は、運搬とか集荷・選別などにとっては非常に効率は良かったが、後に申し上げるが非常に大きな問題が起きてきた。

刑務所の中で思ったのは、何にでもプラスとマイナスがあり、刑務所経験が今の私を作ったと公言するように、正直そう思っている。刑務所に入っていなかったら農業と関わることも無かったし、家内と結婚することも無かっただろう。
物事にはすべてライフサイクルというものがある。あの雪印でも勃興期は北海道で生産者が組合を作り一生懸命ささえてきた、戦後の栄養政策として牛乳の普及ということもあり急成長し、今日では、というか少し前までは巨大な占有率を誇った優良企業だった。
しかし、すべてのライフサイクルには最盛期がありそれを過ぎたら下降をたどって死んでしまう。人間でも同じで人間は必ず死ぬ。どんな科学技術を駆使しても150歳が限度と言われている。生き物の個人、個体は必ず死に種を残そうと子供を作る。そうして人類も綿々と種を残してきたが、いずれは人類も滅亡する。
文化・文明さえ、勃興し最盛期を迎え、下降して行き必ず滅亡する。文化・文明も同様である。

つづく