静岡県有東木(うとうぎ)のワサビ農家、白鳥義彦さんを訪ねた。(写真左:白鳥義彦さんと奥さんの和美さん)有東木は静岡市内から阿部川(あべかわ餅の安倍川です)に沿ってさかのぼること約30Km、山肌が道路にほとんど垂直に迫り、両側の木々がトンネルを造っている。黄色い看板を目印に、国道を離れて脇道に入る。九十九折りの狭い急勾配を約3Kmどんどん登って行くと、突然わさび田が目に入ってきた。左手の山の斜面には、苔むした石垣で棚田が作られ、お茶が栽培されているが、上の方は霧に覆われすでによく見えない。空気は多少の湿気を含み、冷たく山の土が薫る心地よく感じられる。月並みな表現だが、仙人が住んでいそうな凛とした雰囲気が漂っている。たまたま車内にはバッハの無伴奏バイオリンソナタ・バルティータが流れていたが、この谷間には「シャコンヌ」が実によく似合う。

400年つづく日本最古のわさび農家、門前の白鳥義男さんはなんと17代目にあたる。そもそも有東木は、武田家の落ち武者が隠れ住んだ里なのだ。「門前」とは白鳥義彦さんの屋号。現在約80件の家があるが、その殆どが白鳥・望月・宮原・西島のいずれかの姓を名乗るので、お互いを家のある場所(例えば、坂口とか竹の上とか)で呼び合う。白鳥さんの家は、村の中心にあるお寺のすぐ前に有るので「門前」なのだ。

また、有東木はわさぴ栽培の発祥の地でもある。(写真右:わさび栽培発祥の地の石碑)およそ400年前の慶長年間(1596~1615)頃有東木の村人が、わさび山の渓谷一面に自生しているわさびを採って、「井戸頭」という湧水地に試しに植えたのが始まりだと伝えられている。当時大御所として駿府城に居を構えた徳川家康公に献上したところ、家康公は、ことのほか愛好し、門外不出の御法度品になったと伝えられ、その後わさびの栽培技術が全国に有東木からひろまった。写真はわさび栽培発祥の地の石碑。

先ずご自宅に上がらせていただき、暫く談笑のあと早速わさび田に案内していただく。白鳥さんは有東木に5ヶ所、山梨県に2ヶ所のわさび田を保有され、全体の面積は2000坪弱で10種類の品種を栽培されている。案内頂いたのは、家からさらに車で10分坂を登る「安藤のわさび田」。白鳥さんの軽トラに先導してもらい、出発する。なっ、何た゛!この霧は! 1m 先も見えない。白鳥さんがテールランプをつけてくれなければ、危うく崖を転落しそうだった。

車から降りて、流れが急な小川を渡る。片側に手すりがあるものの、錆びた鉄板の橋を渡ってわさび田へ。結構怖かった。わさび田をぐるっと囲む細い石垣を、上へ上へと登って行く。石垣も、時折植えられた木の幹も、全てが苔むしていて歴史を感じさせる。最上部には山の斜面に石垣が築かれ、その裾から水が滾々と湧き出している。この水が20アールの田全てに流れて行き、わさびを育てる。

浅はかにも、わさびは水質のきれいな水温の一定した流れに苗を植えれば、後は勝手に大きくなるなんて考えていた。ところが、わさび田はやはり田で、適切な管理をしなければ良いわさびは出来ない。収穫後、残ったわさびの根や残滓、落ち葉などを取り除き、山から田に流れ込む泥を洗い流す。耕土20cmの上部の砂を耕耘した後、暫く乾かして水中害虫をやっつける。その後苗が流されないよう足で踏み固め、2%の勾配を保つよう感と経験でならして初めて苗の植え付けができる。小さな耕耘機以外は使わない、大変な仕事なのだ。

今日のまかないは、頂いてきたわさびをサメ皮でおろし、山積み大辛口の鮭を焼き、三つ葉と刻み海苔に、濃くとった鰹出汁をかけた、実に豪華絢爛夢のようなお茶漬けであった。4時間たった今でも余韻が残っている。わさびをおろしている間、涙が止まらなかった。このわさびの揮発成分は、紫外線の次に殺菌力が強いそうだ。チューブ入りのわさびとは全く異なったものだ。純粋のわさびは辛い。しかし、辛い中にも甘みがあり、独特の香りは得も言えぬ。

生わさびは勿論、門前の「わさび漬け」「わさび海苔」「昆布漬け」「三杯酢漬け」はいずれも絶品である。とくにわさび漬けは、正に「目から鱗」であった。折々に合ったわさびの品種を選び、茎と根を大吟醸の酒粕につけ込み、自然の調味料で味付けされたわさび漬けは、わさび農家でしか味わえない、市販品とはこうも違うものかと感動!!

またここのお茶は全国で一番の価格を漬けられる「幻のお茶」で、100%手摘みの最高級品である。白鳥さんから「4月25日頃から茶摘みが始まり、お茶が出来たら連絡する」とのメールを頂いた。実に楽しみなことである。

白鳥さんと記念写真をとり、とってもきれいな奥様にもお送りされてお別れする。有東木は離れがたいほど気持ちの良い所であった。やはり有東木には「シャコンヌ」がよく似合う。