次の日の午前中はソウルの市内観光の後、トソッチョン(土俗村)という有名なサムゲタン(蔘鶏湯)の専門店に案内してもらった。実は朴社長はポシンタン(補身湯)という韓国の犬肉をつかった伝統料理を考えていたのだが、コース料理であり、食の細い僕にはとてもヘビーだと、サムゲタンに変更してくれたのだ。大いに安心したが、チョット惜しい気もした。というのは、朴社長にさんざん韓国チームの強さの秘密はこれだ! と聞かされていたから、一丁食ってみるかと覚悟は決めていたのだった。

ここの店は、初めは古い昔からの家屋を使っていたのだが、味がいいと評判になり、拡張に次ぐ拡張で、今ではかなりの席数があるという。丁度昼時だったので駐車場に車を入れるのも一苦労だった。

もうかなり日本でもポピュラーになった感のあるサムゲタンだが、特に烏骨鶏の雛鳥を使うものをオゴルゲ・サムゲタン(烏骨鶏参鳥湯)というらしい。普通のサムゲタンとオゴルゲ・サムゲタンが選べる。今回は勿論オゴルゲの方だ。丸ごとの烏骨鶏に、餅米・朝鮮人参・ナツメ・くこ等をスタッフし、丸鶏のスープで鶏がとろけるまで煮込む。伝統的な宮廷料理である。

先ずおきまりの生ニンニクスライス・味噌・キムチに人参酒が出される。待つこと約15分。お釜を小型にしたような黒い焼き物に入ったオゴルゲ・サムゲタンがやってきた。白濁したスープの中に烏骨鶏の丸ごとが煮込んである。くっ、黒い。スープは煮えたぎっていたものをすぐに運ばれてきた様でかなり熱い。熱いのをふうふうしながら食べると肉はとろけるほど煮込まれている。うん?薄味、というか、今まで食べたこってり味のサムゲタンに比べて、かなりあっさりしている。テーブルに塩と胡椒が置いてあり、好みでそれを付けて食べるのだそうだ。もともと滋養強壮の食べ物なんだろう、すぐに汗だくになり、キムチとニンニクでさらに汗をかく。この日は、ソウルでは珍しく30度を超えるような気温だったが、湿度が低いから日陰に入れば苦にはならないというものの、オゴルゲ・サムゲタンは内から利いてくるようだ。

それからは辛さんと朴社長は用事があるとのことで、夕食にまた落ち合うまでのの時間辛さんの弟さんの案内で市内をうろうろ案内してもらった。韓国は土曜日は仕事も学校も所謂半ドン。だから午前中はソウル市内に赤シャツはまばらだったが、この時間になると地下鉄の出口、バスなどから出てくる出てくる。街は赤一色になってしまい、どこでも至る所にスピーカーがつり下げられ、大音響の応援歌が流れる。大道芸や野外コンサート、路上でのパフォーマンス、屋台が隙間無く並ぶ。なんだか妙に興奮してしまい、赤シャツを急いで買いたくなったが、それも軽薄だと思い直しやめた。お土産を買ったりして時間を潰した後、待ち合わせの焼肉店に向かう。どこもかしこも大渋滞だったが、市役所前広場などの中心街とは反対方向だったので、ややましであった。

ソウルを車で走っていて目に付くのは、どの車もおおよそぼこぼこなことだ。一般車は勿論、タクシーやバスなどの営業車両も例外ではない。朝、ホテルの前で辛さん達のお迎えを待っていたとき、運転マナーが悪いのにびっくりした。市バスが割り込む、急な車線変更をする・・・。中に乗っている乗客は打ち身・捻挫・骨折・圧死のさぞ絶えないだろうと思った。

焼肉店までの道中、メインの道に脇道から車が入ろうとするが、僕らのタクシーの運転手は入れてやらない。入ろうとする方も意地でも入ってやろうとしているようだ。どうせ渋滞しているんだから、入れてやっても良いようなものだが、両者共に譲らない。これがボコボコの理由だった。韓国のモーターリゼーションは、この20年で急激に発達しすぎて、マナーや安全についての危機意識などが追いついていないのが実状らしく、事故も大変多いらしい。それと、やっぱり気質かな。いい・悪い、大・小、高い・低い、白・黒。その中間というかファジーサが韓国人の気質には無いと聞いた。報道で、事故や事件で、地面に伏して泣きじゃくる場面を思い出したが、納得したような気がした。それにしても、北朝鮮のTVのアナウンサーは、何であんなに力んでしゃべるのだろうと辛さんに聞いたら、あれは韓国でもお笑いのネタらしい。

焼き肉の前に、テーブルに用意された物は「センチェッ」というモヤシ・タマネギ・ちしゃ等のサラダ、大根の酢漬け、青菜のナムル、「ムッ」と言う豆から作られたところてんのようなもの、大根のコチュジャン合えと白菜の塩漬け、白菜にコチュジャン合えと肉を包んで食べるそうな。生の「サンチェ」ちしゃ、お約束の生にんにく・キムチ(水キムチも含む)・味噌。

いよいよ炭火に鉄板が乗せられ、骨付きカルビが焼き始められた。片面が焼けた頃、はさみを手にしたお姉さんがどこからともなく無言で現れ、左手のトングで肉をつまみ上げ、素晴らしい手際で骨と肉とを分けて行く。見事なものだ。これを客が自分でしようとすると、極端にお姉さんの機嫌が悪くなるらしい。しかし、焼き肉の後で出てくる冷麺も、肉を切った同じはさみで面をチョンチョント切ってくれるのはいかがなものかと・・・。

韓国の焼き肉は本来、薄くスライスした、たれ漬け牛肉をジンギスカンの様な鍋に一度に移して焼き、焼けたら反対を一度にひっくり返して焼く、プルコギが元々のものらしい。日本で言う「焼き肉」は、在日の人たちが創作し、それが韓国に逆輸入されたと言うのが辛さんの説だ。店の名前は迂闊なことにメモするのを怠ってしまったが、店のたたずまいといい、客の姿立ち振る舞いといい、かなりな高級店の様だった。しかし、噂に聞いていた韓国の焼き肉は、それほど旨いとは感じなかった。その理由はスバリ肉にある。韓国のデパートやスーパーでも、肉売場は魚売場に比べ非常に大きくとってある。それだけ肉を食べる頻度が多いのであろう。日本の牛肉は脂肪交雑具、つまりサシの入り方で等級が上がる。サシの適度に入った牛肉は高値で取り引きされ、確かに旨い。だが韓国の牛肉はかなり高価なものでも、サシの入り方が少ないというか殆どと言っても良いぐらいない。ご馳走してくれた朴社長には悪いが、毎年大文字の送り火を見ながらのバーベキューの方が格段に旨い。何と言っても、ウチの肉はA-5だもんね! 切り落としも・・・・。

感動したのは「渡り蟹のケジャン」だ。大阪コリアンタウン鶴崎で以前購入して食べた事が有ったが、生臭くて肉もヌルヌルして何とも嫌な食感であった。一口で吐き出し、捨ててしまった経験があるので、一瞬引いてしまった。「うん?これは旨い」と辛さん(弟くん。彼らは在日の韓国料理と本場のそれを食べつけているので味に厳しい。特に彼は鋭い)が口走ったので、どれどれと恐る恐る一片を口に入れると、これは旨い。僕の中ではケジャンは塩辛と言う認識だったのだが、違う、これは刺身だ。蟹の身の独特の甘みとソースの辛み・香りが見事に解け合って絶品である。写真を見せられないのが残念だが、両手両足・・・足は使っていないが、口の周りも真っ赤にして食べ続けたので、写真を撮る余裕などこれっぽっちも無かったのだ。もう一つ時間を管理する余裕も無かった。WCの三位決定戦、韓国VSトルコのキックオフが僅かに過ぎてしまっていたのだ。

あわててレストランの庭(庭と言っても小さな公園ほどもある。) に特設された大型テレビに走る。特設と言えば、レストランに来る行程に有ったスーパーや百貨店、その他あらゆる大型駐車場や公園と言う公園には大型スクリーンが設けられ、大太鼓を鳴らすわ鉦は叩くは、爆竹はならすは、花火はあがるは、いずれも山のような赤シャツの軍団が大騒ぎしていた。従って、ここでもいかなるカオスに突入するのかと思いきや、2~3百人の観客が、大いに盛り下がっていた。

その後、韓国がチャンスを迎えると全員が立ち上がって「テーハンミング」(大韓民国)の大合唱。ピンチを迎えると悲鳴が上がる。追加点を入れられた日にゃ、みなさん大丈夫ですかと声をかけたくなるくらいの落ち込みよう。観衆の感情の起伏は、あたかもカタパルトから飛び出したF-15戦闘機がアフターバーナーに点火して高度を上げて行き、くるっと回って航空母艦に急降下して甲板に降りたと思いきやまた急上昇する、タッチアンドゴーの様であった。(見たこと無いけど・・・)韓国が三位になっていたなら、鯨飲暴食・カラオケ天国・酒池肉林・・・のはずだったのが、余りにもの盛り下がりに食べた焼き肉が消化不良しそうにみんななっていたので、何をする気力も涌かずに全員それぞれのねぐらへ帰ることととなった。僕はまたロッテホテルへ。シャワーを浴びてテレビを付けると、どのチャンネルもアナウンサーやキャスター達が緊張の表情をしてしゃべっている。勿論何のこっちゃわからんが、どうも北朝鮮の軍艦と韓国軍が戦争をしたか、しているらしい。方やワールドカップ、方や戦争。忙しい国や。当然ながら日本に電話はつながらなかった。

今日は6時出発。車で釜山に向かう。車中爆睡。途中トイレ休憩をサービスエリアで何回かする。朴社長がトイレをよく見ておくようにとのたまわる。最近非常に清潔になったそうである。しかし、比較検討に値する不潔なトイレと言えば、京都の中央市場のトイレくらいしか使用も観察も研究もしたことが無いので答えに窮する。またもや爆睡眠。朴社長が運転を代われと言う。国際免許も持たぬ身になんというご無体な・・。
昼餉はすっぽん鍋の旨い専門店で、ということになりインターを降りる。水田ばかりの道をくねくね走ること30分。商店街らしきというか、商店のない商店街と形容するしかない商店街を通り抜け、大きな川の畔にある、只の民家に看板を掛けたような家に到着。見渡す限り何もない田舎中の田舎、田舎のステレオタイプ、絵に描いたような田舎(ワイエスでもこんな田舎は絵にかけんぞ)と言うほどの田舎であった。

朴社長について入って行くと、中庭を囲み、調理場と客室があり、庭の隅に生け簀があった。その隣には大小の素焼きの壺が多数。出てきたおばちゃんと朴社長が何かしゃべり、どうやら天然と養殖が有るらしく、天然物出なければだめだと言っている様子。おばちゃんが手で生け簀の底にたまった泥の中のスッポンを探し出す。幾らゴム手袋をしているとはいえ、恐ろしい。養殖と天然は味が全く違うという。腹の白いのは養殖という。泥で何も見えないが、かなりの数のスッポンが入っている様だ。この店というかこの田舎では味噌・醤油・キムチは殆ど自家製らしい。通気性に富んだ素焼きの壺は発酵食品の製造・保管に最適らしい。

客室に入り壁を見上げると、メニューが掛けられていた。お品はナマズ料理とスッポン料理二種類のみ。スッポン料理は養殖物が1Kg当たり6万ウォン、天然物は同じく10万ウォン。日本円にして6千円と1万円!!!!! おいおい、ええ値段しとるぞ。

スッポン鍋の前菜としては、鱈ノ内臓の塩漬け「チョッカイ」、「生椎茸の和え物」「トンチィ」という大きな大根のキムチ、水キムチ、「タニシの煮物」、「ミリチ」という淡水雑魚の飴煮、「青菜のおしたし」、そして三種の神器。これらをつまみながら、運ばれてきたのは日本でもおなじみの生き血の焼酎割り。一気に飲み干す。味は覚えていない。直後に焼酎を2~3杯流し込んだからだ。朴社長が中座したかと思えば、なにやらビール瓶らしき物を持ってきた。グラスになみなみと注いで飲めと言う。透明で翡翠のような色が淡く付いていて非常に美しい。飲んでみると、少し苦みと独特の香りのする焼酎であった。この苦みと香りはどこかで経験したはずだ、とは思うがデジャヴに過ぎないのか。

なんとそれはスッポンの膵臓を搾った、膵液の焼酎割であったのだ。生臭いのでは決してない。とにかく拙筆では表現のしようのない香りだ。苦みも、ジンにおけるねずの実の様に焼酎に個性を与え、心地よい刺激を含んだ苦みなのだ。これにははまった。朴社長がまたどこからか1本ちょろまかせて来た。この酒は日持ちがしないというより、時間持ちがしないらしい。5~6時間の内に飲まなければだめになると言う。僕の車内用に一本お持ち帰り。

いよいよスッポン鍋の登場。大鍋をさっきのおばちゃんが運んでくる。鍋つかみはカボチャの葉っぱを束ねた物。合理的である。自家製の味噌・醤油・コチュジャンで味付けられた韓国風のスッポン鍋はよく分からない香草(コリアンダーに近い)で香り漬けられていた。熱い・辛い・旨い。さすがに天然物で、生臭みも泥臭さも無く、肉も弾力が大いにあり、脂肪がとろっとしていい感じだ。皮はコラーゲンのかたまりのようにずるずるっと口の中に入って行く。日本風のスッポンも良いが、韓国風も是非お勧めしたい。満腹したところで釜山市内へ。海辺の綺麗なホテルに到着。すでにやや泥酔状態だったので、ホテルの名前をメモるのを忘れる。後で領収書をもらえばいいやと侮っていたら、敵はハングル文字ばかりのわけわからんものを出しおった。降参。