皆様開けましておめでとう御座います。昨年暮れに父が亡くなり、その後歳末商戦に突入し、なかなか日記の更新もままならず、やっと年を越えて更新することが出来ました。初詣に伏見の稲荷神社に参拝したところ、社に佐藤水産の名前で大きなお供えがありました。佐藤水産の先代は京都の武術の学校で学ばれ、伏見稲荷を信仰されていたと聞いていましたが、いまだに神社と関わっておられることに感心いたしました。皆様、本年も宜しくお願いいたします。

石狩 まるだい 佐藤水産訪問 No.3

翌日は午前3時起床。洗顔の後、400ccドライバー程もある特大おにぎりを二個食べる。中身は、前日佐藤水産の売店で握っていた一口筋子おにぎりを密かに期待していたのだが、焼き鮭のほぐし身と昆布の佃煮で少々がっかりであった。食事を済ませ閑散とした一階ロビーで待つこと数分、後藤課長がお迎えに来てくれた。

さすがにこの時間帯は札幌~石狩間は道路もすいている。難なく石狩港に到着。辺りは真っ暗で月明かりもおぼつかない。私のような、どうしても漁船に乗りたいという我が儘をいう取引先もあるようで、防寒ジャケットとゴム長、ゴム引きの黄色いレインコートをお借りする。出航は午前5時。少し間があるので漁師小屋でしばし暖をとることに。小屋の中では漁師さん達がお茶を飲んで談笑しているが、早口で殆ど会話は理解不可能であった。

いよいよ出航。今日は五隻で石狩湾の沖合五百メートル~二キロメートルに仕掛けた定置網を手分けして回る。不漁だった昨年に比べ、今期は鮭が帰ってくるのが早く、型もいいらしい。私は最後の船に後藤課長と乗ることとなった。(写真1) 漁師に見えるかな(写真2) 漁師さん達は凪だと言うが、船上は揺れる揺れる。わたしと後藤課長は振り落とされないよう船体にしがみつき、飛んでくる潮のしぶきをなるべく受けまいとする中、漁師さん達は作業に忙しい。何であんた達はへっちゃらなの?

約40分で漁場に到着。一口で言えば、定置網とは魚の群を誘導してだんだん狭い網に追い込んで行く漁法であり、収穫は一番狭い袋状の網を引き上げてそこにたまっている魚を船に引き上げる。ブイを探して、その一番細い網の部分をフックの付いた長い棒(写真3)で手繰り寄せて船上で底を開くのだ。力を合わせて手繰られた網底には、何とファスナーが付いていて、簡単に開けられるようになっていた。何か笑ってしまった。

船には一応クレーンが付いていて、太い鉄パイプ二本に大きな網が付いた道具を操り鮭を掬う方法が取られるが、(写真4)基本的には男達のチームワークによる力業なのだ。今日はクラゲの大群が網に入り、鮭はその中から二人係で腕を肩まで突っ込み、手探りで探さなければならなかった。以前は石狩にはクラゲの大群など殆どおらず、温暖化のせいか海流の変化か、近年大発生し漁の妨げになっているという。捕れた鮭は次々に船倉の生け簀に入れられる。今日は今期最低の漁獲量だったそうな。地震のせい?クラゲのせい?まさか私の・・・。丁度このころ、残念なことにデジカメの電池が切れてしまった。

漁を終えて港に帰ったのが午前8時前後だった。着岸するとすぐに生け簀の蓋が開けられて、クレーンで鮭を選魚台にぶちまける。それを大勢の男女が雄と雌、大小などその他よく分からない基準で仕訳され、雌はすぐに近くの魚卵工場まで運ばれて魚卵が採取される。今日はイクラの製造工程を見学できた。

鮭の魚卵の表面に熱湯をかけて割り、テニスラケットのガット様網に擦り付けるように一粒一粒をこそげ落としてきたのがこれまでのイクラ作りであった。鮮度の問題もあるが、そうするとどうしても人の手で作業を行うため温度が上がり、どうしても菌数が上がる。それに対して佐藤水産は自社開発でカナダ・アメリカ・日本の特許を持つ自動分離器と選卵機を使って素早く加工してしまい、窒素冷凍してしまう。イクラの菌数は、道の基準では10の5乗以下ならOKらしいが、佐藤水産の菌数は何とたったの300以下なのだ。桁が幾つも違う。いつや北海道産イクラで0-157の騒ぎがあったが、ここでは全く心配は不要だ。

見学を終え二階の食堂に案内された。鮭専門の水産会社は今が正に戦争の真っ最中である。一年で鮭の帰る9月から11月までが一番忙しいので、特に加工部門に携わる社員達は家になど帰っている場合ではない。そのため工場の二階は宿泊施設と食堂が設けられている。食堂にはご飯・みそ汁・漬物に鮭の塩焼きがたっぷり用意されていて、さらに各テーブルには丼に山盛りのイクラ醤油漬けがドンと鎮座なさっている。お言葉に甘えて本日二回目の朝食を戴いた。やっぱ労働の後のメシは旨いわ。何にもしてないけど・・・。後藤課長から少し寝なさいとのお言葉に甘え、部屋をお借りして朝寝をする。

12時ごろ起こされて直売店のサーモンファクトリーに行き試食とサンプルを購入する。ここでは生鮭・塩鮭・新巻鮭・イクラ・筋子を初めとする、佐藤水産の殆どの商品を試食でき、購入できる。その後二階のレストラン「オールドリバー」へ。ひぇー!また食べるの???

札幌に戻ってあつべつの野幌森林公園へ。ここは北海道開拓百年を記念して作られた公園であるが、2000ヘクタールあるんだって。着いた時間が遅かったので施設は全て閉まっており、しばし散策することに。出た!鋼鉄製の絶叫マシーン。(写真5) これは公園のシンボリックな巨大モニュメントである。公園の中の芝に沢山のキノコ群を発見。アベルを始め社員のお土産にする。旨そうな「どんこ」状態のきのこ(写真6)。ぷっくり膨れた「あんぱんキノコ」(写真7)ちょっと怖い「百目キノコ」(写真8)。赤くてかわいい「マリオキノコ」(写真9)。みんな喜んでくれるかしら?

夕食にラーメンを食べてホテルに戻る。早めに就寝。あのね。そりゃ少しはアーケードをぶらぶらしたよ。でもホテルはすすき野のど真ん中にあるんだよ。酒場にも行かず、綺麗なおねえさんとも合わず、コンビニでビール買ってきてすぐにお休みなさい。なんて品行方正なわたし。以前連れていってもらったクラブ「ホルスタイン」はまだあるのかな。あっこはいろんな意味で凄すぎた。

帰りの飛行機まで時間があるので、後藤課長に近辺の観光に連れていって戴いた。先ず小樽へ。一応あこがれておりました。運河沿いの倉庫群、小樽ホテル、北海経済新聞社・・・。でもでも実際に小樽に行ってみれば、何これ? 完全に「嵐山状態」ではありませんか。観光客相手の軽薄な土産物屋と飲食店ばかりが目立ってしょうがないよう。車から降りもせずニッカウィスキー余市蒸留所へ。広大な敷地に昭和初期の建物が余裕をたっぷり取って建ち並ぶ。さすが竹鶴政孝がウイスキーの理想郷として余市を選んだだけのことはあるなと感心した。未だに創立以来の石炭直火炊きの巨大アランピックが現役で活躍している姿は圧倒され感動的である。(写真10.11)無料だから試飲を少々飲み過ぎて酔ってしまった。かんぱーい!(写真12)

空港に近いという「インディアン水車」を見せてあげようと後藤課長。インディアン水車???何それ。それはアメリカから伝わった鮭捕獲用の水車で、千歳川にのみ設置されているという。(写真13) 一部の水路を残して川の水をせき止め、水の勢いでゆっくり回る水車に魚をすくい取るざるが取り付けられている。運の悪い鮭は、狭い水路に遡上するとそのざるでとらわれて自動的に生け簀に放り込まれるのだ。地下に千歳川の水中をガラス越しにライブで観察できる施設があった。無数のウグイの群に混じって、よく見ると鮭もまばらに泳いでいる。でも石狩の鮭に比べてなんだか元気が無いように感じた。そこは水族館も併設されていて、鮭の稚魚(写真14)、紅ザケ(写真15)、何とチョウザメ(写真16)まで見ることが出来た。

飛行機の時間が近づいたので空港に向かう。途中の道から空港方向を見れば真っ黒い煙が天まで立ち上っているではないか。ひょっとして「つ・い・ら・く」???しかし、空港に着いてみればそのような気配はない。対岸の石油基地で出光のナフサタンクが燃えている煙だったのだ。無事飛行機は関空に到着し京都に帰れた。忙しい北海道出張でした。佐藤水産の皆様方大変お世話になりまして有り難う御座いました。

写真1 写真2 写真3
 写真4 写真5 写真6
写真7 写真8 写真9
写真10 写真11 写真12
写真13 写真14 写真15
写真16