(写真1)
(写真2)
● 作り方
このコーナーに餅がテーマとなるのは何回目だろ?でも今回はちょっと面白いお餅ですよん。私が小学校に入学してから3年生になって暫くまで、母方の祖父のはなれに一家で住まわせて貰っていた。祖父は一級建築士で建設会社を経営していた。私は初孫だったので祖父・祖母には可愛がられ、一家が定住する前にもたびたび京都に連れてこられ、暫く預かられていた。よく祖母に連れられ新大宮商店街にお買い物に行った。当時京都での一番のお気に入りは「笹カレイ」であった。笹カレイは若狭カレイとも言い、味と言いい、透き通った美しさといいカレイの王様いや女王様で、今では超高級干物でおいそれとは買えなくなった。当時でも水カレイやエテカレイとは格段
に価格差があった。その笹カレイの味を私に覚えさせたのが運の尽き、祖母は「これも一緒やで」「こっちのカレイの方が脂が乗ってるで」などとチープなカレイでごまかそうとするが最終的には私の粘りと頑張りの前に屈してしまうのであった。

祖父は祖父で私を建築の現場に連れていった。東山近衛の京大西北角に小さな建物がある。これは多分今でも医学部の解剖実習と遺体の保存室だと思う。建て直す前の下見に祖父は私を連れていった。真ん中に何やら汚れた大理石のベッドがあり、壁には鋸やハンマーが掛けられていた。天井にはチェーンと滑車の様な物が渡され、嫌な臭いが・・・。今でも時々夢を見ることがある。普通、就学前のいたいけな、可愛い、純真で上品な美少年をそんな場所に連れていくか?トラウマになったじゃん(怒)じいちゃんどういう神経をしてたのだろ???

話は納豆餅に戻る。暮れになると祖父の家では、大工さんやてったいさん(現場でのなんでも屋さん)達も集まって、毎年餅つきをしていた。私も餅をつくまねをしたり、丸めたり、勿論喰ったりと楽しく過ごした。結構大量についていた様で、雑煮用の丸餅、お鏡、のし餅と共に納豆餅も作っていた。これが今回のまかないの餅と全く同じだったのである。これは日吉町の農家に頼んで作ってもらったものだが、餅米も納豆もその農家の自家製で、くっつかないように表面にきな粉がまぶしてある。納豆は強い目の塩味で何も付けずにそのまま焼いただけで美味しくいただける。涙が出るほどなつかしい。

前日のロスになったたこ焼きが有ったのでついでに焼いてみた。(写真1・2)いけますよ。ソースの水分が炭火の放射熱で蒸発して濃厚な味になり、炭に落ちたソースが焦げてスモーク効果を生みだしてたまらん香りもつけくわわりましたねぇ。これは旨い!!!!!