1月28日関西空港からとかち帯広へ。日本で唯一無殺菌牛乳である「想いやり牛乳」を製造販売している中札内レディースファームの見学に訪問した。空港には長谷川社長が迎えに来てくれた。さすがに北海道は道路まで真っ白で、4WDにスタッドレスを履いているとはいえ助手席に座っているとやはり怖く、靴の中で足の指がキュッと丸くなる。約20分で中札内村レディースファーム(以下LFと呼びます)に到着。(写真1)

車を降りると真っ黒い中型犬「もんた」(写真2)が迎えてくれた。最近やってきた、牧場では若いやんちゃ坊主である。その後私達が行く先々にくっついて来るのだが、甘えての事ではない。しっぽも振らない。きまじめで笑わない厳格な監視員を任じているのだろうが、その姿はめちゃくちゃ可愛いのだ。私は高校時代馬術部に属していたが、馬場には犬がよく遊びに来ていて、いつの間にか居座っているのが二・三匹いた。牛も犬と相性がいいらしい。ここでは6匹の犬と沢山の猫が飼われているが、近所の犬や猫も遊びに来て雪の中をじゃれつき、転げ回っていた。

ここは元農地だった土地を2000年に神戸出身の長谷川社長が紆余曲折を経て開いた新しい牧場で、経産牛(子牛を生んで乳を出している牛)と育成牛を会わせても100頭弱しかいない、北海道の基準では非常に小さな牧場である。とはいっても牧草地を含む面積は約28ヘクタールあり、徒歩で周りを歩くと2時間かかるそうだ。先ず長谷川社長に場内の案内をしていただく。牛舎(写真3)は経産牛と育成牛に分けられ2棟設けられている。育成牛舎にはこの二月に初めて子牛を生む予定の群、それより若くまだ発情が頻繁ではない二年目の群、子牛と言ってもいい生後一年の群に分けられ、それぞれ餌の栄養水準が異なるので混ざらないようになっている。しかし中には横着者がいて、隣の餌をこっそり食べてしまうのでベニヤ板で仕切ってあった。いずれも、牛のベッドが並ぶ屋根付きの牛舎から餌が食べられる運動場へと自由に出られる。経産牛の牛舎は時間になると柵が開けられて搾乳室に歩いて行けるようになっている(写真4)。牛のベッドは多くはわらが使われるが、この牧場では砂が用いられている(写真5)。この砂を使うベッドメーキングは大変な作業だ。一日4時間もかけて行う。女性が大半のLFでは尚更だ。牛に快適な睡眠を与えるため、極寒の中黙々と作業するのである。効率を考えがちな男より、常に牛の立場に立った妥協のない管理はむしろ女性に向いていると長谷川社長は言う。私達が見学した間にも、ここの牛たちは実に良く心地よさそうに寝転がっていた。中には大の字になって寝る牛もいるそうだ。人が近寄って行き、牛が逃げたり後ろずったりする距離のことを「逃避距離」という。ここLFでの逃避距離はゼロである。私達が近寄っても逃げるどころか好奇心丸出しでみんな近寄ってくる。油断すると舐められて涎でべとべとになってしまう。

搾乳室は一方通行になっていて一度に6頭が搾乳される(写真6)。効率を上げるため牛を棒や電気で追ったり、乱暴に搾乳機を扱うと牛はよく搾乳中に糞をする。これは非常に非衛生的で乳に大腸菌が入る原因となる。しかしLFでは牛のペースでせかず焦らず搾乳するので糞をすることはまずない。本来搾乳は母牛にとって、乳房が張って苦しいものを絞ってもらえるのだから気持ちの良い事のはずだから、人間ではなく牛の都合に合わせさえすれば糞などしないのだ。だから搾乳室は糞よけなどの不要なものは一切取り外され、非常にシンプルになっている。それがまた掃除が容易になり清潔さが保たれることにもなる。

搾乳室の中央部分は牛より低くなっていて、人はそこで作業する。搾乳された乳は一度低い位置のタンクに集められ、エアーで隣室のバルククーラーに送られる(写真7)。乳に物理的力が加えられるのはこの一度限りである。バルククーラーは鉄骨で作られた1.5m位の高さの櫓に設置され、その位置エネルギーで隣の無菌室に送られて瓶に充填される。品質を最重視した考えによるものである。無菌室は世界的食品の安全衛生管理システムHACCPを導入しており、残念ながら蒸気洗浄の工程中でガラスが曇って内部が殆ど見えなかったが、一時間の充填作業に対して6時間かけて機械類の分解と洗浄を行うという。「効率」という視線で考えれば、洗浄の時間と労力は出来れば避けたいものだからラインの稼働時間を出来るだけ長くする。アメリカなどでは24時間稼働という工場もあるそうだ。しかし、いくら最新の技術・設備を過信したり油断すると事故がおこる。最近の食品事故を見てみると殆どがこのパターンに当てはまる。雪印の大阪工場ではラインに10円玉大の乳石が発見されたが、これは何年もかかって蓄積されたもので、事故は起こるべくして起こるのである。

十勝地方の酪農家は大抵チェモシーという細くて栄養価が高い牧草を育てている。しかし長谷川さんは牧草としてリードキャナリを主体にオーチャードを加えている。リードキャナリは繊維質が多すぎて雑草扱いされるしろものである。地下茎で繁殖する多年草であるため一度繁殖すると駆除するのが困難であり、繊維が多すぎると搾乳量が少ないという理由で周りからは随分反対されたという。しかし草食動物である牛は、いかに人により改良されているとはいえ、本来植物の繊維を分解して栄養に変える能力を持っている。リグニンやセルロース、ヘミセルロース等の分解しにくい繊維は牛の内蔵を刺激し反芻能力を高めて、濃厚飼料に頼らなくとも健康な牛に育つんじゃないかと考え、あえてこれらの牧草を撒いたのである。業界の「常識」を犯し冒険に踏み切った結果、長谷川さんの牧場では年間9000〜9500リットル(一般的には8000リットル)の実績をあげている。

普通、刈り取られサイレージで発酵された牧草は臭いがきつい。というより臭い。しかしLFの牧草は味噌の香で悪い臭いではない。牧草を刈り取った後、乾燥させることにより腐敗菌を少なくさせてしっかりと乳酸発酵させるからだ。コンクリートの設備に蓄えられた牧草はビニールシートでしっかり覆われ、上から大量の古タイヤが重りの役割をして酸欠状態にされる。元々牧草に付いている乳酸菌は嫌気性なのでしっかり空気と遮断することにより良い飼料が得られるのだ。(写真8)

場内を一通り案内して頂いて事務所でお茶をご馳走になる。暫く談笑していると長谷川社長に「体は温まりましたか?」と聞かれた。この日は天気が良く、日陰に入ると冷たいが温かい日で、こちらは北海道の人も驚くような重装備だったので寒くも何ともなかったのですぐに「暖まりましたよ」と答えた。
「ソフトクリーム食べますか?」(写真9)
「ええっ。そふとくりーむって、もしかして話しに聞いていたあの幻の、数多のソフトクリームが百花繚乱する中、驚天動地うわさのソフト、口にするとたちまち身体髪膚に染み渡るという伝説のソフトクリームですか?食べます!食べます!」
実はLFのソフトクリームは是非とも食べてみたかったのだが冬場はお休みと言うことで諦めていた。ラッキーだったのは某デパートから引き合いがあり、サンプルを送るため少量作ったものがあったのだ。

ソフトクリームは牛乳が主成分だが、脱脂粉乳やクリーム、バターなどの乳製品を添加してミックスが作られている。また牛乳も超高温殺菌されたものが多く、酷いものになると乳脂肪0%なんてものもあるから、無殺菌牛乳だけで加工乳製品を一切使っていないLFのソフトクリームは勿論これだけなのだ!!!奥さんが作ってくれたLFのソフトクリームは正に期待を裏切らなかった。殆ど甘味料を加えていないのでミルクの甘さが感じられ、さらっとしていて実に旨い。口溶けの優しさは未知との遭遇。喉を過ぎれば幸福の余韻嫋嫋。ほんとはお代わりしたかったなぁ。

LFの仕事は午前4時から始まり昼まで作業する。一旦休憩があり午後4時から再び作業が始まる。特に冬は辛いでしょうねと聞くと、-20℃までなら楽ですねとサラッと言われた。
-20℃ですよ。鼻毛も凍る温度ですよ。そうする内に午後4時ごろになり、ぼつぼつ出勤する人がやってきたので実際の作業風景を見学することに。外はかなり暗くなっていた。

すでに搾乳室への柵は開けられていて、牛たちがゆっくりと集まっていた(写真10)。誘導したり追ったりする人間は誰もいない。人は牛たちが出た牛舎の中を掃除するだけで(写真11)、全く牛たちの自由意志に任せているのだ。牛同士仲良しもいれば近づきたくない相手もいる。幼なじみでいつも一緒に行動する牛もいれば気の合わないやつもいるのは人間社会と同じなのだ。それを人が無理矢理狭い場所に追いやるのは、満員電車で不倶戴天の敵とべっとりひっつくのと同じで大変なストレスとなる。こうした徹底した牛の立場を優先することが無殺菌で牛乳を製造出来る原点である。

牛乳は母牛が子牛に与える完全食品である。免疫力を持たない生まれたての子牛が大きく育っていけるのは牛乳をそのままのんでいるためだ。牛乳は乳等省令という法律で厳しく縛られていて、施設の衛生的基準や牛乳の成分・菌数等をクリアしていることを保健所が認めると、種類別「特別牛乳」と表示できることになっており、保健所の厳しい監視・指導が常時行われる。「特別牛乳」では殺菌後の1㎖当たりの細菌数が30.000個以下、「牛乳」では50.000個以下でなければならないとされている。もちろん大腸菌は陰性で無ければならない。(参考 :牛乳の表示)

ところがLFでは原乳の細菌数はなんと20〜40個であり、これは殺菌する必要も意味もないことになる。しかも低温殺菌であれ超高温殺菌であれ、加熱することによりカルシウムの吸収を助けるアミノ酸が変化して吸収力が落ちたり、鉄分の吸収を助けるラクトフェリンが壊れたりすることがなくなる。また無殺菌牛乳は胃でゆるく固まってから腸に送られるのでお腹がゴロゴロする事もなく、蛋白質が焦げた「嫌な牛乳の臭い」もない。乳酸菌が生きているので開封せずに冷蔵すれば一ヶ月以上腐敗することもない。(当局の指導で賞味期間は低温殺菌牛乳と同じく五日間だが・・・)

「出来るわけがない」「不可能だ」と言われ、保健所は諦めさせようとあらゆる事をした。何度も何度も書類を提出してデーターを提出した。何年も掛かったが地道な努力と妥協のない管理が実を結び無殺菌牛乳を世に出すことができた。今では保健所も理解をしてくれ、応援してくれている。何より、無殺菌の牛乳は旨い。私達はこの牛乳と、それを作るLFは新しい日本の宝物だと思う。
長谷川社長、次は無借金経営を目指しましょうね。お互いに(笑)


(写真1)文書に戻る

(写真2)文書に戻る

(写真3)文書に戻る

(写真4)文書に戻る

(写真5)文書に戻る

(写真6)文書に戻る

(写真7)文書に戻る

(写真8)文書に戻る

(写真9)文書に戻る

(写真10)文書に戻る

(写真11)文書に戻る