北大のクラーク博士は「青年よ大志をいだけ」の言葉で、誰でも知っている人ですが、今私たちが食べている果物の殆どは、ホーレス・ケプロンというアメリカ人によって日本に持ってこられました。

ケプロンはマサチューセッツの豪農の家に生まれ、南北戦争に志願して将校となった後除隊し、西部開拓の第一人者としてカリフォルニアにグレープフルーツやオレンジ等を広めた人です。

明治政府は明治二年黒田清隆を北海道開拓使の次官に任じ、黒田は翌々年、留学生を伴い自らも渡米して、時の大統領グラントと面会し、当時閣僚待遇の農務長官であったケプロンを開拓使顧問として招聘することを要請しました。

当時ケプロンは67才の高齢でしたが、西部開拓魂とも言うんでしょうか、北海道の開拓に強く興味をもって日本行きを快諾しました。

来日には数名の部下を伴い、果物の種や苗を多く持参しました。国光や紅玉、印度リンゴ、ゴールデンデリシャスなどはケプロンによってもたらされ、品種改良されてフジやつがるに発展してきたのです。ちなみに試験場で収穫された果物は新宿で販売され、有名な果物屋さん「新宿高野」は元その販売所でした。

昔の桃太郎の絵本に描かれている桃は、花落ち(花が付いていた方で、枝についている反対の方です)がとがっていました。でも今の桃はセクシーにお尻型をしていますね。桃は中国の原産で、河北の桃は中成種から晩成種、河南のは早生の品種です。

河南の桃は直接中国から伝わりましたが、布目や倉方などの早生の桃の品種は見た目は美しいのですか゛あまりおいしくありません。いまの白鳳や白桃は、河北の桃がシルクロードを通り、ヨーロッパに伝わってアメリカに渡り、ケプロンによって日本に持ち込まれたものです。河北と河南の桃が1000年の時間を経て、日本で再会したのです。何かロマンがありますね。

でもケプロンは日本の植民地化を頭に描いていたふしもありますが、日本の農業に貢献した功績は大変大きいように思います。酪農を導入したのも、またサッポロビールの前身を作ったのも彼です。

美味しい果物の見分け方

いちご  がくが身の方に被さっているのではなく、逆に天の方へ向かっているもの。
みかん  花落ちが小さいもの
りんご  花落ちが深い物
ぶどう  ブルームがしっかりついているもの。ブルームは植物が出す蝋質で、巨峰などに付いている白い粉のような物です。よく農薬と間違われますが寒暖の差が大きいと自分を守るためにブルームを出します。寒暖の差は果物に甘さを加えます、、従ってブルームのあるのが美味しいのです。