知多半島武豊町の溜・味噌の蔵元「伊藤商店」に初めて訪れたとき、そこで出会ったのは魔物にとりつかれた三人の人。「本物のたまり造り」という魔物に・・・

味噌の原点は豆味噌です。その豆味噌を仕込み、熟成させる間に木桶に溜まった黒っぽい汁がたまりで、いわば味噌のエキスです。たまりは醤油のルーツでもあります。醤油が味噌から独立し独自の調味料となったのは室町時代の半ばで、本格的に醸造・消費されるようになったのは江戸時代に入ってからで、たまりの歴史は遙かに長く悠に1000年を越します。

豆味噌文化圏である愛知・岐阜・三重地方を中心に「たまり」は残っていますが、その多くが甘味料・増粘剤・着色料を使う、効率至上主義に走り、化学調味料の味に慣らされた人達の嗜好に安易に妥協した「たまり」と似て非なるもの。または大豆と麦を使った「たまり醤油」であり、綿々と受け継がれたたまりからはほど遠いものばかりです。

代々傳右衛門を名乗る蔵元の伊藤富次郎さんは分かっているだけで9代目。10年前に本物のたまりを復活させようと決心しました。10代目となる娘さんの尚代さんと番頭の藤田さんを巻き込み、この時から三人は魔物にとりつかれてしまったのです。

味噌でも醤油でも清酒でも、伝統的な発酵食品のポイントは麹作りにあります。武豊の一角に「炊き味噌屋」と呼ばれる蔵元の家並みがあり、その中でも富次郎さんは麹造りの名人と呼ばれ、回りの蔵や地域の有名蔵元でも富次郎さんに麹造りを依頼するほどです。

大豆を蒸してつぶし、3センチ程の味噌玉にして種麹をまぶします。玉にするのは内部に乳酸菌が発生して納豆菌を抑えてくれるからです。10時間ほどで麹は働きだし麹自身の温度が上がり出します。そのまま放っておけば空気の流通が悪くなり自身の熱で死んでしまい納豆菌が暴れ出します。これを名人の勘と経験で切り返します。これからは温度が上がりすぎないようかかりきりです。

「本物のたまり」を目指す富次郎さん等が先ず取り組んだのは、木桶や道具類を初めとした蔵全部の徹底した掃除と消毒でした。納豆菌を初めとする雑菌が混じると、出来上がったたまりの中に、雑巾を絞った時の様な悪臭、「アミン臭」が生じるからです。また麹が総ての大豆を分解してこそ「本物のたまり」ですから、雑菌が混じると雑味が出てしまいます。

そうはいっても何分古い蔵のこと、簡単にはいきません。来る日も来る日も社員全員がどろんこになって掃除をします。60代70代の人達ばかりです。みんな家族の様な古くからの社員でしたが退社する人も出てきました。富次郎さんにとって辛いことでした。それでも魔物は三人を突き動かします。麹を造る室(むろ)の天井が結露し、水滴が落ちればたちまち雑菌に汚染されてしまいます。結露を防ぐ工夫をしました。原料の一つである塩も国会図書館に出向き、電話帳ほどの厚みのコピーをとり徹底的に研究して、これはと思った塩造りの現場を見て回りました。大学の専門家に相談し、文献を読みあさり、必要なら機械や装置も購入しました。

しかし、総てがスムーズに運んだわけではありません。むしろ殆どのことで深夜まで話し合い、激論というより殆ど喧嘩になったことも数え切れないほどでした。何一つとっても簡単に、あるいは「まあええか」では済まされません。仕込んでから三年経たないと結果が分からないからです。

「傳右衛門を始めてから、うちは貧乏になっちゃいました。それまではお気楽に仕事をしていたのに・・・」尚代さんは傳右衛門造りをもうやめてしまいたいと何度も何度も思いまた口にもしました。でも魔物はそれを許しません。

たまりが醤油と異なるのは、醤油は大豆と小麦を半分づつ使い同量の塩水または生醤油で仕込むのに対し、たまりは大豆だけで、その4分の1の塩水で仕込みます。これを「二分半仕込み」と呼ばれ、搾る直前のもろみは醤油の場合は水分の多いお粥状ですが、たまりのそれは味噌です。塩水の分量をもっと増やせばより多くの商品がえられます。でも魔物はそんことは許しません。魔物はとても贅沢なのです。

煉瓦の竈に据えられた巨大な鉄釜に、底に穴が開けられた高さ二メートル直径二メートルの木桶が乗せられ大豆を蒸します。ボイラーで蒸せば簡単に済みますが、それでは大豆が柔らかくなり過ぎ、長期の熟成に耐えられません。蒸された大豆はミンチ機に欠けられつぶされます。傳右衛門になる大豆には他のものより太い穴を持った特別のチップが使われています。

醤油の独特の香りは小麦の澱粉が糖化し、アルコール発酵して非常に複雑に混じり合った化合物によるものです。たまりには小麦を使用しません。それでも傳右衛門のラベルには原料表示として小麦が上げられていますのは、炒った小麦粉を大豆にまぶすことにより水分調整するとともに雑菌を防ぎ、麹の栄養ともするためです。

味噌麹に納豆菌の進入がないか、室の中で手のひらをかざして調べます。納豆菌などの雑菌が繁殖した部分は温度が回りよりも高く、味噌玉を割ってみて糸を引くようであれは゛その部分は丸ごと廃棄です。

これを高さ直径とも2メートルの木桶に堅く仕込んで行きます。最後に布を敷き、20キロもの大人の頭ほどの丸石を一つ一つ隙間無く並べ重しとします。一つの木桶に仕込むのは約2トン、石はその半分ほどの重量です。この重量で桶の中の酸素を遮断し酸化を防ぎ、三年もの長期熟成が可能になります。

原料を木桶に運ぶのも石を積むのも総て人力で行います。それからは山おろしの風に向かって建てられた蔵の中で二度の夏を越し、三年間ひたすら熟成を待ちます。大豆の栄養を微生物が総て食い尽くし旨味に変えるのは、三年という時間が必要なのです。

出来上がったもろみは木枠に運ばれて上から圧をかけられます。ピアノ線で2~3ミリに薄くスライスし、下に広げておいた布の上に落とされます。それを何枚も重ねて圧搾機でゆっくりゆっくり搾ると、とろみのある澄んだたまりが滲みだし、糸を引くように布の端から滴りだします。

魔物の誕生です。原料の4分の1にしかならない、贅沢で素晴らしく旨い魔物です。傳右衛門は火入れしません。保存料など当然使っていません。微生物と風や温度や湿度、自然が味を左右します。従って桶ごとに微妙に味が異なります。常温保存すればカビ(酵母)が浮くことがあります。冷蔵保存は当たり前です。

富次郎さん達は、血のにじむような苦労をして造り上げた傳右衛門を、大切に扱ってくれるお店にしか出荷したくありません。必ず出向いていき、店を見て話をしてからでないと卸しません。

傳右衛門は先ず白身魚の刺身でお試し下さい。生臭みを取り去り、魚自身の旨味・甘みを引き出し、傳右衛門の旨味・甘みと相まって口の中に幸せ感がいつでも残ります。お湯を注いでみて下さい。お湯の量に関係なく旨味がどこまでも延びて行きます。自然が育んだ本物の食品の実力です。傳右衛門味噌も絶品です。

最後に傳右衛門を造って下さった富次郎さん、尚代さん、藤田さん、蔵のみなさんに心から敬意と感謝をいたしたいと思います。