最近は話題にもならないが、AF2(フリルフラマイド)という、劇的に効いた殺菌剤があり、練り製品やあんこ、豆腐など和風の食品に使われていた。特に国内の殆どの豆腐製造業で使われていた。1965年に厚生省環境衛生局長通達により食品添加物として追加認定されて以来、1974年まで使われていた。

あまりに強力な防腐効果に疑問がもたれ、農林省食物研究所と国立遺伝研究所が大腸菌を使って実験をし、AF2の劇的な効果の謎が解けた。それによると、AF2を使えば大腸菌などの細菌は、97パーセントは生き延びられない。生き延びがたい奇形が発生するのである。残った3パーセントの次の世代も、97パーセントが奇形で死んでしまう。このような世代交代であるので、4~5時間もすればバクテリアは全部消滅してしまうことが分かった。

人間にも悪影響が出ないかとの当然の疑問が起こったが、人間はバクテリアと違うという意見もあり、高度に毒物分解能力のある、肝臓を持つ動物で実験することになった。その結果、70パーセントの奇形が発生し、肝臓で分解された物質も同様の催奇性を持つ可能性が強いということになった。さらに、志賀高原で餌付けされている地獄谷温泉の猿で実験が行われた。その結果予想された通り、手や足の指が多かったり少なかったり、 多指症や小指症の小猿が沢山観察され、ひどいものは片手に指が9本あったり、手足が無い個体も発生した。

このAF2は海外では初めから禁止されていたが、日本では毒性が公表されてされてから禁止されるまで、猶予の一年間を加えると9年間も使われた。現在30歳以上の人で、AF2入りの食品を食べたことのない人は先ずいないだろう。その影響が奇形として現れるのと、癌として現れるのは、殆ど同じ現象だと言われている。つまり、奇形として現れることを免れた人でも、癌や特異体質として現れる。

そしてこの種の化学物質の恐ろしさは一過性でなく、AF2のような化学物質により遺伝情報を変えられてしまうと、自分自身が変わったことになり、昔の自分と今の自分は単に年のせいで変わって行くのではなく、遺伝情報の異なる他人になることにつながる。

当時この実験に直接関わったある実験者は、「添加物の入ったものは絶対に摂らないと完璧にやり遂げている人は別にして、数回食べた人より何十回、何百回食べた人の方が当然病気になりやすいし、癌になりやすい。またその人達の子どもが奇形になりやすいのは当然なのです。」という。当時関係した人達はそのまま口をつぐんだので、自分が犠牲者であることを知らずに死んでいったり、一生を障害者として、あるいは内臓奇形を背負ったまま人生を過ごすことになる。今ではこのAF2という言葉を知っている人は少ないけれどその影響は体に残り続いている。今はこれに変わる殺菌剤などの添加物が大量に出回り使用されているが、その結果がしだいに目に見えてくるだろうと思う。

このように我々は様々な生活毒にさらされて生きている。食品添加物や残留農薬、さらに空気中のNOxやダイオキシンなどの環境ホルモンがそれだ。我々は、このような生活毒から真剣に身を守ることを考えるべきだ。

例えば、無関心な生活をしていれば食品添加物は幾らでも体に入ってくる。同志社大学の研究グループの報告によれば、とくにこだわらない普通の食生活では一日あたり11グラム、一年ではほぼ4キログラムになり、また一日には80種類ほどの添加物を摂っているといっている。

現在、食品添加物を毎日多種多量に入れているが、長い日本人の歴史において、先祖は一度も摂らなかったものである。このような食生活になったのは、この三十数年のことである。今日本で製造されている合成食品添加物は五十万トンにのぼる。この量は食品に添加され、けして減ることはない。そしてこの五十万トンを日本の人口一億三千万人で割るとほぼ4キログラムになる。一年で4キログラムだけ摂って、あとの年は摂らないというわけに行かず、仮に五十年とり続けると総量は200キロにもなる。このような時代だから、全く摂らないことは難しいが、気をつけることによりかなり減らせるであろう。この差は大きい。

海老やかにを茹でるときに、いきなり熱湯に入れると驚いて逃げようとする。水から茹でると温度の変化が徐々であるため、危険を感じたときにはもう逃げるアクションが取れなくなっている。私たち人間も、この海老やかにのようになってはならない。正しい知識を身につけ、おびだだしい情報に左右されず、賢い選択をするのが急務である。まだ間に合うかも知れない。もう一刻の猶予が無いのだと言うことを一人一人が自覚しないといけない。

外面的に日本はたいへん豊かに見えるが、体だけでなく心も病んでいる。特に子ども達の荒れ様は、もう行き着くところまで来ていると思う。アメリカのキレる子どもは現在500万人といわれているが、あと2~3年で日本が追い抜くと警告する研究者もいる。

日本には全国組織の強力な体育組織はあっても、食育の組織はない。学校に体育という科目はあるが食育という科目はない。幼稚園や保育園では、必ず交通安全教室を実行しているのに、一日に数度必ずかかわる食や食べ物についての教育がなされないのを不思議に思っている。

これは勿論日本だけではないが、すでに21世紀の第一歩を踏み出している。情報も金も人も自由に世界中を飛び回り、国際的な競争は熾烈なものになっている。そんな中で気になるのは企業の格差より、個人差が拡大して行く厳しい現実だ。これからはおそらく人間の質が問われる時代であろう。それを担う子ども達の心身の健康を考えると、いじめ、不登校、学級崩壊、凶悪犯罪など問題は山積している。アトピーやアレルギーの多発、また、噛まない噛めない子ども達、視力の低下、味おんち、肥満、歯周病、糖尿病、小児癌なども増えて、今の子ども達を取り巻く環境は実に深刻だ。

食べる時間や場所、外食、中食産業、24時間営業のレストランやコンビニなどが盛んで食生活もどんどん変化している。昔は正月やお盆、お祭りの時にしか食べられなかった「祭食」が毎日食べられ、祭食症候群と呼ばれるように、生活習慣によって引き起こされる病気が年々低年齢化している。女性の社会進出が進み、働く母親が増えているためこの傾向は益々強まるであろうから、子どもが一人でもきちんと食べ物を正しく選択して、生活習慣病の犠牲にならない為の食育が必要である。子どもには徳育よりも知育よりも体育よりも食育が先、知育体育の根元は食育にある。