フレンドフーズTopOnline shop社長「食」日記Top 

 

 

2009年12

 
奄美大島へ近大マグロを食いに行く  その1  

2009年12月26日

12月9日、伊丹空港を11:50発のJEX便で出発。13:35奄美空港着。あっという間に着いちゃった。着いたとたんに汗だくになる。とくにこの日は奄美でも暑いとはいえ、流石は亜熱帯だな。空港には鹿児島ますやの米益社長がレンタカーで出迎えてくださりいざ出発!

先ずは鹿児島ますやさんの取引先でもある地元のスーパー「生鮮市場さと」さんへ。 鮮魚売り場 で軽いカルチャーショックを受ける。浮かんだイメージは「竜宮城」。色とりどりの熱帯魚が並ぶ。冷凍魚のケースには巨大なホラ貝、夜行貝、シャコ貝、巨大伊勢エビ,巨大シャコ・・・。めざとくシラヒゲウニが満タンに詰まったペットボトルを発見! こいつを8本と夜光貝を購入。

          

精肉売り場でも驚き。山羊肉に山羊汁? もちろんこちらは豚文化。牛肉なんて申し訳程度しかおいてない。それに対して豚肉はあらゆる部位がごろんごろんところがっている。多い日にゃ5頭ぶんも売れちゃうって。なんと言うことでしょう。

さとを出て、奄美名物「鶏飯」を食べに行く。鶏飯とは、約400年前、奄美が薩摩の支配を受けていた当時、薩摩の役人をもてなすとき作られていた鶏の炊き込みご飯のような物で、当時の庶民にはとても口にする事など出来ない贅沢な料理であったそうな。
鶏飯は具(鶏肉の裂いた物・錦糸卵・味付け海苔・椎茸・葱・刻みたくあん・乾燥ゆず)とスープ、

           

とたっぷりのご飯の3ピースで出てくる。ご飯の上に好きな具を好きなだけ乗せ、スープを掛けて食べる。このスープは濃厚でチキンラーメンを連想してしまった。完熟赤山椒が良く合い旨い。
        
この「みなとや」さんは鶏飯の元祖らしい。
        
     つづく・・・。

 

ワコール クロスウォーカー  

2009年12月16日

ワコール クロスウォーカー ブロス CROSS WALKER  知り合いからワコール クロスウォーカー ブロス なる物を頂戴した。 はいて歩くとダイエットになり、腹が引っ込むという横着なパンツである。

 誠に結構な物であるが、装着するにはかなりの技術と腕力が必要らしい。

今朝風呂上がりに早速はいてみる事にしたのだが、あれっ???? はいているボクーサーショーツより緊張がないではないか!表示をみればLLサイズ。
ゴラァ!M、けんか売ってんのか!!

※Mです。藤田さんの腰回りを生で見たことがないもので・・。すいません・・。
     

ただ今仕分け中  

2009年12月6日

某フログを読んでいたら「事業仕分けを見学していた女子高生曰く、「ダイエットすると言って、脳ミソから減らしてる」ってのがあって、思い切り笑ってしまいました。この感性は素晴らしい。

9月に入荷した新物の山椒の仕分けがまだ終わりそうにない。完熟の山椒は真っ黒な種があるんだけど、
         

これを皮と一緒に挽いてしまうと口の中はまるで砂を噛んだ様になってしまう。機械を改造してかなりの精度であらかたの種と皮の分別はできたが、最終的には手作業である。
         

今年は130Kgを仕入れ、原料になる皮が約54Kg、ごみである種と小枝が76Kg。なんと歩留まりの悪いこと。一日作業してもできるのは約2Kg。肩がこる目が霞む、歯もいたくなる。年内に追われるかしら(涙)

そういや昔蓮舫さんとどこかで名刺交換したなぁ。
     

巨大毒キノコ出現!?  

2009年10月31日

     
実はこれは、巨大毒キノコでも無ければ中華鍋を2個くっつけたものでもない。その正体はカイサドラムとかハングドラムと呼ばれる、 最近ドイツで発明された楽器なのだ。

中南米のドラム缶から作られたスティール・ドラム同様、金属を叩いたり伸ばしたりして音階を付けてある。裏側は本体と紐で連結され、ワイヤーを通して共鳴させる。
     (裏側)

どのような音かと言えば、たぐいなる癒しの音色。例えるとしたなら、まるで水琴 窟の様でもありどこかの民族楽器の様でも ある。

名人が演奏すればこのように(←YouTubeで試聴)大変チャーミングな 楽器であるが、手元に届いてまだ三日。五十の手習い、ぼちぼち練習しまっさ。
     (音階)
     

ただいま骨折中  

2009年10月23日

古いワニ皮のバッグを甦らせようと、蜜蝋系ワックスを一瓶何ヶ月に渡り擦り込み、仕上げにシリコン系保存料をスプレーして磨きまくった。 誤算だったのが、思惑の外スブレーの噴霧角度が広すぎ、知らず知らずのうちに床にも付着していた事であった。
      

夜中に用を足しに行こうと現場を通ると、シリコンのため摩擦係数を減らした床に対して、スリッパは私の体重を維持できず水平方向に素早く移動した。 果たして私の脇腹は机の一辺に激しく激突した。当然痛みはあったが、仕方が無いので当日はそのまま就寝するも、翌朝は息を吐いても吸っても痛い。  動いても痛い。寝ても痛い。笑えば泣いてしまう程痛い。咳・くしゃみ・げっぷなんてとんでもなく痛い。瞼を閉じても開いても・屁をこいてもは痛くないけど、とにかくどうしていたって どうもしていなくったって痛いんだぃ!

病院に行き、レントゲンを撮ってもらうとやはり肋骨にひびが入っていた。シツプをしてコルセットでガードし、後は日にち薬。だと思っていたら二日後、 知らずに脇腹を庇っていたのか首が筋違いを起こし回らなくなる。時間とともに痛みは増し、顔色は真っ青になり会社を中退。  翌朝またも病院に行きレントゲン。首の骨が神経を圧迫しているとのことで、今度は首にむち打ち症のような首輪、背中に湿布とゴムベルト。その上から 着衣するとまるでロボコンのよう・・・。

考えてみると、肋骨の骨折あるいはひびはこれで4回目。最初は数十年前、ゴルフのコンペを翌日に控え、少しは練習しようと素振りをした瞬間脇腹に プチッと音がしたような・・・。かまわずコンペに参加するもホール毎に痛みは増加。終了後病院に直行し、これが私の「初・肋骨ひび・骨折」であった。  その後不定期ながら、バンコクのホテルで気取った猫足バスタブで足を滑らし激突。大雪の日滑った所に歩道工事の資材が・・・。と履歴を重ね今回が 輝ける4回目となるのだ。

余談ながら年に数回、酔っぱらって寝てしまった朝目覚めてみると、下駄箱の革靴が全部見事にピカピカに磨き上げられているという不思議な心霊現象 が現れる事が有る。私の想像ではきっと、世間が寝静まった頃に妖精達が家々を回り、靴や鞄をキュッキュと磨いているに違いない。
     
     
 

葉(チンエイ)移転!  

2009年10月1日

あの青葉(チンエイ)が移転。河原町丸太町を西へ一本、南へ入った所に自社ビルを建てたのだ。 すごいぞお母さん! 恐るべし。オープンは10月4日だけど、プレオープンとしてお招きに預かった。
     
 今日の料理は火鍋。右側がフカヒレ入りのスープ、左は干し貝柱のスープ。一旦沸騰させてから火を弱め、鶏肉・豚肉・牛肉・烏賊団子・つみれ 野菜を投入。

    

鍋物はぐらぐら煮てはいけない。この日記で何度も書いたが、芯温62度を越えると動物性タンパク質は水分脱理を起こしまずくなるのだ。 「よし。かかれ!」の私の合図で一斉に箸がでる。一旦取り皿にキープし、たれに付けて食べる。
     
 キャー! なんやこのたれは? 複雑でなんやよう分からんが旨い。旨すぎる。胡麻が入ってるのは分かるがそれ以外が分からん。なにかのナッツ??? 「お母さん! これ旨い。商品化しよ。なー、なー、なー」 「うるさい。今私はそれどころじゃない。」 ごもっとも様で御座います。

厨房を覗かせてもらった。広い! これまでの5倍はあるんじゃないかな。餃子焼き機や食器洗い機が加わり、中華鍋用強力ガスコンロも増え、ドライキッチン が実現されている。いーないーな。
     
なにより嬉しかったのは、私がウッドバーニングで作って進呈した「青葉」の看板がが店の入り口横に堂々と掲げられていた事だ。
     
 

東京湾の干潟へ貝を採りに行く!  その2  

2009年8月22日

盤洲の漁師さん達は、冬期は海苔の養殖、夏期は貝漁で生計を立てている。バカガイ・ アサリ・ホンビノス貝などを主に首都圏に出荷している。ホンビノス貝というのは北米から中米の東海岸原産の二枚貝で、どうやら船のバラスト水に幼生が混ざり、東京湾で繁殖したようだ。ハマグリに良く似ているがふた周りほど大きく、まるみが強い。

先日ホンビノス貝をむき身にし、冷凍したものを送って頂きクラムチャウダーやオイスターソース煮等にして頂いた。ちなみにクラムチャウダーの本場アメリカではこの貝をつかう。水分の多い貝で解凍すると大量の汁がでる。食味は味が濃く(ちょっと しつこいくらい)大変良いのだが加熱しすぎると身が堅くちっちゃくなる。まぁ、貝は何でもそうなのだが、ホンビノスハその落差が大きいように思った。

ということで、バカガイやホンノビス貝は穫ってもあまり高値はつかず、やはりアサリが漁の主役であった。あったというのは、木更津のアサリが全滅の危機にあるからだ。

昨年6月中旬から、カイヤドリウミグモという節足動物がアサリやマテガイ、シオフキ等の二枚貝に寄生しているのが発見された。被害は瞬く間に広がり、今年はアサリは全く取れていない。仮に出荷できたとしても、お吸い物の中にこんなのが入っていればクレームの山だろう。

カイヤドリウミグモ(かなりグロテスクだからご注意ください。) http://marine1.bio.sci.toho-u.ac.jp/tokyobay/topics/nymphonella1.html  ウミグモ類の詳しい生態は分かっていない事が多いらしいが、出来るだけ有効な対策が行われ、元の盤洲に戻る事を願ってやまない。
 

東京湾の干潟へ貝を採りに行く!  

2009年8月12日

盤洲干潟(ばんずひがた)は東京湾に残る最大の干潟で、千葉県木更津市に広がり、 何と広さは1400haもある。東京湾にはかつて干潟が多くあったが、この100年でそ の90%以上が埋め立てられた。だから盤洲干潟は多様な生き物を育む、貴重な遺産だ。 
  

干潟に注ぎ込む小櫃川 
  

横浜開港150年のイベントに使うためNPOの人がカニ を採集していた。淡水を好むタカアシガニ 
  

そこら中かにだらけ。干潟には無数の穴があり、その一つ一つに生き物が棲んでいる。 
  

港に移動して漁師さんに船を出してもらい、バカガイ(青柳)漁へ連れて行ってもら う。 
  

 このようなステンレス製の巨大なジョレンで海底を引っ掻いて貝を採る。
 
  写真を見て頂くと、船の後方の海に小さくブイが浮いている。その下にアンカーを投げ込んであり、ロープを伸ばしながら前進しこの場所まで移動して来た。

舳先からジョレンを海に沈め
  

このウィンチでロープを巻き取りながら、バックして行きながら海底をかき取る。 
  

アンカーに近づくとジョレンを上げて一 回が終了。 
  

篩にかけてちっちゃな貝や割れた貝を選別。 
  

 で、本日の水揚げはこれだけ。 
  
これの約半分を会社に送ってもらったのだが、バカガイは大量に砂を噛んでいて、 水に浸けておいてもなかなか抜けない。そこで、湯を沸かし、口を開ける程度茹でる。  
  

身を取り出し 
  

水を張ったボールとざるに入れ、泡立器でかき混 ぜる事3〜4回。 
  

これで砂は抜け、ゆで汁に戻すと旨味が戻る。 
  

 バットにうつして出来上がり! 
  

クリームパスタや、串を討ち天ぷらにしました。 
   
 これは旨い!!  あっという間に売れちゃいました。
 

 
ディーブ台北 ・三泊四日美食三昧  その8  

2009年8月7日

たかが三泊四日の旅行で、どこまで引っ張るんじゃ! とのお声もありますが、激励のお言葉と受け止めつつ、いよいよ今回最後の晩餐とあいなりました。

台北市敦化南路一段324號の驥園川菜餐廳は「砂鍋土鶏」で有名な四川料理店 
   
砂鍋とは土鍋の事で、「砂鍋土鶏」は地鶏を丸まる3羽と豚足、干し貝柱、金華ハム等を12時間かけて煮込んだ料理だ。店の入り口にはづらりと土鍋が並ぶ。 
  
まだ沸騰している「砂鍋土鶏」 
  
 お姉さんが取り分けてくれて、フウフウ熱々を口に運ぶと、非常に濃厚なスープ。とても塩だけで味付けしているとは思えない程甘みとコクがある。鶏に豚足だもの、コラーゲンというかゼラチン質そのもの。当然、鶏や干し貝柱は柔らかく、しかも弾力があり旨い! これには完熟赤山椒が鶏の獣臭さを消して実に良く合うんだな、これが。 
  

しかし、素晴らしいボリュームで、いくら喰っても喰ってもスープは減らない。周りを見渡せば、残ったスープを当たり前にテイクアウトしているではないか。家庭に持ち帰り麺やご飯を入れて食べるそうな。私も真剣に考えたが、さすがに飛行機に持ち込むのは躊躇われ諦める。

四川料理と言えば麻婆豆腐。当然完熟赤山椒の出番だ 。
  
この香りの良さには、係のお姉さんもたまげていた。私は砂鍋と麻婆豆腐で既に満腹になっていたが、無計画・無知無謀な料理の発注の結果、北京ダックが運ばれて来た。 
  
 皮のパリパリ感は一等賞! 水飴を溶かした調味料を掛けながら、遠火の強火でじっくり焼いたんだろうなぁ。デザートはとっても甘いスイカで打ち止め。立っても座っても横になったって苦しい程満腹なのが、幸せなのか不幸なのか分からない状態で店を出た。

翌日、関空から青葉のお母さんに密輸品を夕方持って行くと電話する。ついでにおかゆを作っておいてねと注文。台湾はこれで4回目。その度、帰った直後に青葉で台湾料理を食べに行く私ってアホなの? 
  
 

 
ディーブ台北 ・三泊四日美食三昧  その7  

2009年7月6日

台湾に来て必ず食するものの一つに「牛肉麺」がある。 

 台湾人にとっては、 日本においてのうどんや蕎、ラーメンの様に日常的に、或はお気軽に食べられる言わば国民食なのだ。牛肉麺専門店・屋台もあれば、サイドメニュー的においている店も多い。お昼は「牛肉麺食べるど!」と、工作員情報に基ずき目指したのがこの店「張記」だ。 この店、実に分かりにくい。狭い路地の中にある上、看板にも店名がちっちゃく書いてあるだけなんだもの。 


牛肉麺はスープ・麺・具ともに店それぞれに特色を出しているが、基本は牛のスーブに牛肉のの煮込みをトッピング。ここ「張記」では醤油ベーススープに少し縮れた 太麺。スープはありがちな獣臭さがなく、讃岐うどんを思わせる腰がある。 

  先日、伊勢神宮側のおかげ横町で伊勢うどんを食べたが、讃岐の人が何も知らずに伊勢うどんを出されたら、発狂するだろうと考えただけでうどんを吹きそうになった。  具の肉はチックミート(頬肉)を使用していて、これだけで腹が一杯になるほどのボ リュームだ。牛肉麺は一杯約270円。

看板にある「鍋貼」とは焼き餃子のこと。「張記」は牛肉麺と焼き餃子を売りにしていて、テイクアウトの客もひっきりなしに売れて行く。おっちゃんが餃子、おばちゃんは麺を受け持つ。 


ここの餃子は最近日本でも見かけるようになって来た「棒餃子」。良く水切りされた野菜と粗く叩いた肉のバランスがいいね。 

 近所にあれば毎日でも行きたいお見せてでした。焼き餃子は10個約135円なり。

昼食を終えMRTで移動し中正記念堂駅で下車。目的は南門市場だ。 

 どの国どの街を訪れても、その土地の人々が利用する市場を見るのは実に楽しい。  この市場は地下が肉・野菜・魚 
  

等の生鮮食品の店が並ぶ。鶏肉なんて新鮮な事この上ない。 

一階は乾物・調味料・加工肉等とお惣菜・麺類等の店が所狭しと並ぶ。 
  
 金華ハム買って帰れるものならなぁ。  ちょうどこの日は端午の節句(?)だった様で、総菜屋さんはどこもちまきの製造販売で大忙し。通路でせっせとちまき作り。味付けした餅米とピーナッツ に

卵黄・ 蓮の実・椎茸・豚肉を混ぜて 

笹の葉でくるむ。

 その動作の素早い 事! ちまきの山が出来て行く。 


その後小龍包で有名な「鼎泰豊」の本店がある永康街へ。鼎泰豊は世界的に有名なんだけど、私的にはいまいち。永康街は近頃注目を集めるグルメ&ショッピング街で、各国料理 の店があり、若者が目立つ。でも、路地裏が面白いんだよね。

ちっちゃな公園の横にある「治堂」でちょっと休憩。 

 ここはお茶を販売しているお店なんだけど、奥にアンティークな家具があって、お茶を出してくれる。 
 
 疲れてしまってほっこりしてしまった。 

 商品であるお茶は少ない。 それは季節ごとに最上に美味しい物を選りすぐっているためなのだ。手水鉢にメダカ が・・・と思ったら、流石南国、グッピーでした。 


永康街の南に昭和街というのがあって、確かに昭和の匂いが漂っていた。アンティー クショッブというより古道具屋が集まり、中にはゴミ屋敷?なんてのもある。 
  

  
 歩き疲れて、一旦ホテルに戻る事に。なんで紅葉まんじゅうの写真があるんだろう? と思ったが、近くで見たらレストランの宣伝でした。 

続く・・・。

 
ディーブ台北 ・三泊四日美食三昧  その6  

2009年6月27日

5月26日。明日は午前8時30の飛行機だから、実質台北最終日だ。MRTで台北中央駅から一駅の「台大醫院駅」下車。目指すのは現「中華民国総督府」。日本統治時代は 「台湾総督府」と呼ばれていた。現在でも台湾総督が執務しているが、平日のAM.9:00から正午まで一階だけだが見学が出来る。 

さて朝食だが、どこか適当な所で食べようとしたのだが、時間が早すぎ開いている飲食店が少なかったのと、折しも降って来た大粒の雨で移動し辛く、雨宿り先のスターバックスで軽く済ます。

総督府は、日本統治時代最大の建築物で、中央の塔の高さは60m。台湾初のエレベーターが設置され、当時は24時間歩哨が立っていた。その代わり今は要所要所に自動小銃で武装した兵士が警戒に当たり、近辺にはミサイルが配置されているという。

日本人用受付でパスポートと荷物を全部預け、女性兵士から金属探知機でチェック される。一人のおばあさんが出て来て「ようこそ。私が案内します。」と奇麗な日本語で声を掛けてくれた。見学は無料で、主に日本語世代のお年寄りがボランティアで案内してくれる事になっている。  展示そのものはパネルと多少の物品だけなので少々しょぼいが、私達についてくれたボランティアの林玉鳳さんのお話が非常に興味深く面白かった。帰国してからネッ トで林さんの名前を検索してビックリ。とても有名な方だと知った。 

林さんは昭和二年(1927)生まれで、学校卒業後台北の呉服店に就職。戦争で男性が次々に招集され少なくなって行く中、自転車に乗れる林さんは重宝され、「その頃が私の青春で、一番楽しかった。」と話される。

蒋介石率いる国民党軍が共産軍に追われて台湾に来て、日本から行政を引き継いだのだが、政府・官僚・軍・警察が悪質で腐敗し、内省人(元々台湾にいた人達)には、日本の統治との落差を体験し怒りと不満、失望が蓄積されていたという。

そんな中、1947年2月、闇煙草売りの女性を警官が暴行し、所持金と商品を奪った。 それを見ていた人々が女性を助けようとしたが、警官は発砲し死者が出た。翌日28日、デモ隊が抗議のため市役所に押し掛けたが、行政側は機関銃を群衆に向けて発砲し多 くの死傷者が出た。これをきっかけに全土で暴動が起こり、蒋介石は武力で鎮圧をはかり、さらに日本時代高等教育を受けたインテリ層の人々が弾圧され殺された。死者は約28000人と言われているこの事件は2.28事件と言われている。

林さんはこの2.28事件の突端となった現場にいて、すべてを見ていた。その後台湾 では戒厳令が敷かれ、李登輝氏が令を解く1987年まで続いた。

その間、林さんは結婚し子供をもうけ、ご主人の事業を助けて生きてこられたが、台湾が民主化するまで林さんに取っては暗い時代。それが「その頃が私の青春で、一 番楽しかった。」と言わせるのだと思った。

 なぜか台湾でTシャツにもなっているK君(笑)が石川県出身で、台湾の治水に貢献した同郷の八田輿一の話や、国民党軍の「乞食の集団かと思った」話など、生の歴史を語ってくださったが、あっという間に時間は過ぎてしまった。台湾にお出かけのときは、是非総督府見学をお進めします。228記念館にも行きたかったが、時間が無いのと林さんのお話が結構ヘビーだったので次回に取っておく事にしました。

続く・・・。
 

 
ディーブ台北 ・三泊四日美食三昧  その5  

2009年6月25日

飛行機の予約が取れず、一日遅れて到着した東京組と合流後、青葉のおばちゃんから無理矢理頼まれた乾物類を受け取りに迪化街(ディーホワジェ)へ。ここは海産・農産乾物、お茶、漢方薬の問屋街なのだ。町並みはかなりレトロ。台湾は地震が多いのによく保っているもんだな。しかしさすがにあちこちで改修・新築の工事がさかんだ。 
 
フカヒレ専門店には

大量かつ多品種のフカヒレやキンコ(干しナマコ)の山。 

 タツノオトシゴの干物まである。 

ハーブの専門店や 

種屋もあって、ここで台湾セロリの種を購入。帰国後森田さんに植えてもらおうっと。
この写真のたわしかハリネズミの様な物は、

 「愛玉子」っていうゼリー の原料。

これを袋に入れ、水の中で揉むとペクチンが流れ出して固まるのだという。 


台湾産キクラゲを発見。 

 いま日本で出回っている物はほぼ100%が中国産だが、ご多分に漏れずキクラゲにも偽装や工業用インクで着色したり、支那のものは信用できないので総菜部では国産を使っている。国産は恐ろしく高い。 「台湾貨 野生木耳」とある。台北市の北西淡水って場所で採れたものらしい。安心できて割安 なキクラゲを探していたから早速購入。 

 この迪化街での重さの単位はKgで はなく斤で、概ね600g。安かったので3斤買っちゃいました。さらに、隣の店で干しえびを購入。

干しエビ屋の親切で笑顔のかわいいおねーさん 


昼に素食料理を腹一杯食べたので、気乗りのしない私を飢えた東京組が早く飯を食 わせと突っつく。仕方ないので天母にある上海料理の「方家小館」へタクシーで向かう。

他のメンバーに対し戦力外宣言をしたものだから、とりあえず店の名物「東坡肉」 

を注文するも脂身に気持ち悪くなり、ますます食欲が衰える。さらに牛の胃袋を柔らかく煮込んだ料理 

小龍包 

生湯葉でキノコやタケノコ を包んだ料理

金華ハムのチャーハン 

酸辣湯。 

 どれもほんの少しづつしか食べなかったのだが、小龍包は絶品。保証します。また金華ハムチャーハンも良かった。次は腹を減らして来たい名店でした。 


夜はお約束の「士林夜市」へ。平日なのにこの人出。 

 アヒル料理の屋台、胡椒饅頭 

大腸小腸 

蟹の屋台 

台湾風たいやき? 

アメリカンドック

台湾風りんご飴?

こんなのも涌いていました
 
東京組のK君暫く笑いが止まらず困った。

  さすがに疲れたので休憩しようと入ったのがまたまた「辛發亭」というかき氷屋。 

 狭い通路を挟んだ向かいに、同じようなかき氷屋があるんだけど、お客は誰もいない。それに対して流石創業40年!ご覧のように行列ができるほど。客層も老若男女幅広い。  

 私が注文したのが珈琲雪片6元。 

 こんな風に作ります。 

ちょうど新型インフルエンザが流行していた頃だったので、日本ではみんなマスクをしていたが、台北は原付が非常に多く、空気が悪いのでバイク乗りはマスクをしている人が多い。それも、ヴィトンやセリーヌ、クレヨンしんちゃんやキティーちゃんなどのマスクをしているのだ。  士林夜市でお土産にマスクを沢山買ったのだが、アベルにはもちろんこのマスク 


続く・・・。

 
ディーブ台北 ・三泊四日美食三昧  その4  

2009年6月23日

朝食後あたりをぷらぷら。大阪で言えば千日前、東京ならかっぱ橋の様な道具屋街を発見。何か掘り出し物は無いかと目を凝らすも、洗練されすぎていて妙に裏切られた気持ちになる。でも、このヘビーデューティーな台車は欲しかったな。

 重量物を砂地でも運べそうでしょ。

この時期、台湾は雨期というか梅雨っぽいはずなのに、この日はすこぶる天気が良 く、Tシャツも汗ばんで来たタイミングに杏仁豆腐専門店に入る。
  
  子供の頃からかき氷などはお腹を壊すと親から躾けられ、永くその呪縛から逃れられず、これまで積極的に食べようと思わなかったのだが、先客の食べていたかき氷の魅力に抗しきれず「杏仁豆腐かき氷」を発注!
 


予め杏仁や果汁・乳製品等を凍らせた氷を削ったものを「雪片氷」というらしい。 練乳をたっぷりかけるのはお約束。雪片氷には結構ハマってしまった。かき氷機もかわいいな。

お昼は長春路にある素食レストラン「蓮香齋」と決めていたので再びMRTで移動。ここは「素食」といって精進料理の老舗。豆腐・湯葉・グルテン・蒟蒻等の、植物性の素材を使いあらゆる料理を再現している。メニュー数は約200種類。台湾人はベジタリアンが意外に多いそうだ。

植物性の素材と言っても、酢豚はまるで酢豚だし、鶏の唐揚げはしっかり鶏の唐揚 げなのだ。笑ったのはグルテンを白身に、海苔を皮に見立てたうなぎの蒲焼き。よくもここまで騙してくれるかってレベルでございました。

係のおばちゃんから「写真はだめよ。」って言われて写真が無いのが残念。こちら をどうぞ。
蓮香齋(福華長春名苑)

続く・・・。
 

 
ディーブ台北 ・三泊四日美食三昧  その3  

2009年6月12日

二日目の朝食。写真で見る限りなかなか豪華でそそられる、ホテルでのビュッフェ・ブレックファーストというチョイスもあったが、以前圓山大飯店でこりているから、やはり工作員の情報をたよりに台北中央駅 から

MRTで西門駅へ移動。MRTってのはMass Rapid Trasitの略で、地下鉄みたいなものかな。

路線図を見て必要なお金をいれるとトークンを買う 。

初乗りが20元だから日本円で60円。改札機の所定の場所にトークンを軽くかざすと扉が開き、出るときにはクートンを回収する仕組みだ
 

乗り降りに割り込む奴とか強引な奴、大声で大声でしゃべったり、車内でものを喰ったり化粧する奴はいない。もちろん床にへばりついたガムや落書きなど皆無。こうした所が台湾の魅力の一つだ。

西門駅一帯は日本統治時代、日本人向きの繁華街で今も西門紅楼という煉瓦作りの建物が残されていて、

こんな映画をやつている。 らしい。

朝だから誰もいないが映画館通り

目指すのは「天下一家 珍珠雲呑之家」という店。やはりローカルな店で、西門紅楼前の広場で地図を片手にうろうろしていたら、突進してきたおねーちゃんに「どこへいくのか?」と(多分)聞かれたので、地図を指差し「ここやねん。」というと「ついてこい。」と(多分)言ったので付いてゆく。

このおねーちゃんかなりオタク系で、全く笑わない。店を知っている、或はだいたいでも検討がついているのかと思いきや、あちらで道を聞き 、

こちらで周りを眺め最終的には無事到着。さらに店内にまで案内してくれ、メニューを探し出し、ニコリともしないで去って行った。

前回の台湾一周で花蓮で名物の雲呑を食べ損なって悔しい想いをしたので「天下一家 珍珠雲呑之家」

は非常に期待していたのだ。ここの主人が発明?したという「雲呑茶漬け」なるものがあると聞いた。

メニューの焼豚があまりに旨そうだったので注文。

 旅先じゃ野菜が不足しがちなので茹でレタスの揚げニンニク添えを頼む。

お目当ての雲呑茶漬け  は当たり前すぎてちと残念。もうちょっと工夫が欲しい。

普通の雲呑は絶品です。透けるような皮。ミンチじゃなくてたたいた豚肉。あっさりと上品な美味しさでした。
 
一応山椒をトライしましたが、無敵の赤山椒でもこの雲呑には強すぎて台無しになってしまいました。茶漬けが180円、雲呑が120円、焼豚150円。ちなみに珍珠ってのは真珠のことらしいです。

腹ごなしにその辺をぶらぶら。何かかわいい消火栓の標識 。

かってに改造? 三輪バイク 。

台湾はいつも楽しませてくれますな。

続く・・・。
 

 
ディーブ台北 ・三泊四日美食三昧  その2  

2009年6月7日

時間を置かずに出されたのが「蒸し鶏」

 ネギオイルが特徴的で、これは商売にも使えるぞとほくそ笑む。

二番目の主役アワビが出てくる。
 
 見てよ、この照り輝くお姿を! このアワビ、乾鮑(ガンパオ)といわれる干しアワビを戻して調理したもので、生のものより遥かに味が凝縮されて旨い。かめば噛む程味が涌きだしゴックンするのが惜しい程だ。あまり知られていないけど、干しアワビ、するめ、干しナマコ、フカヒレは江戸時代から中国向け輸出商品として重要な産品であった。干しアワビは、青森の大間や岩手の大船渡吉浜産のものは最高級品として非常な高値で取引されている。問屋街である油化街の乾物専門店で「日本吉品鮑」とあるのが吉浜産。

 ど真ん中に鎮座ましましている。流石。

干しアワビを作る作業は工程が多く、それぞれに細心の気配りが必要で、完成までに一ヶ月以上かかる。以前吉浜で干しアワビ作りを見学したが、リアルサザエさんを体験した。ドラ猫が天日に干していたアワビを加えて持って行ってしまったのだ。カラスにもやられることもあるという。

干しアワビの調理もまた手間がかかる。小さいもので4時間、大きいものになると8時間も蒸すという。オーソドックスなオイスターソースでの味付けは、それはそれは結構なものでございました。

さてさて、次のお料理は龍蝦こと伊勢エビのガーリック風味蒸し! またまたでかい。

身を外せばこんなんで

みそを付けて召し上がりました。

「あんたいい男だからサービスしとくわね!」とおばちゃんが言ったような気がして、妖艶なウィンクとともに人数分出してくれたのが蓮の実のおこわ。

 白い小さな実が蓮。細かな繊維状のものは干し貝柱。あと味付けに金華ハムと干しえびも入っていた。それらの甘みと旨味で蒸し上げられた餅米はなんたる旨さ。

このおこわには秘密があり、容器をひっくり返すと小さな穴が開いていてこの穴から蒸し上げるらしい。この容器どこに売ってるんだろう。欲しいな。

最後に青梅のゼリーとフルーツのデザートで締めくくった。お勘定を頼むと、台湾ビール2本を含め、日本円で約7000円。えっ。ほんまかいな。一桁まちごうてんのとちゃうか? 値打ちあるなぁ! と一同満足いたしました。

ここで再びiPhon登場。「旨かったよねえさん。次に台湾に来たらきっとまた寄るぜ。それまで達者でな。霧笛が俺を呼んでるぜ。アバヨ」と書いて翻訳を見せるとおばちゃん大喜び。勘定は負けてくれなかったけど、店の名刺くれた。

続く・・・。
 

 
ディーブ台北 ・三泊四日美食三昧  その1  

2009年6月5日

これで四回目の台湾。最初はパッケージ・ツァーで、お約束の観光名所・お土産屋をつれ回され、二回目は京都の台湾家庭料理店「青葉」のお母さんを団長に、その常連客との団体旅行。三度目は台湾一周のほとんどバスと列車の苦行ツァー。それぞれそこそこ面白かったのだが、今度は自分達御用達ディープな台湾を感じてやろうと台北エリア限定ツアーを企画した。

諸般の事情から、遅く出発し早く帰ってくるという最悪のパターンだが致し方なく、 関空からEVER航空で台湾をめざす。

 約二時間で桃園湖西空港に到着。

台湾のバカ! 2009年1月より屋内はすべて禁煙になって、違反すると最高10000元( 約3万円)の罰金をとられる事になった。私にとってこれはキツイよ。屋外にも灰皿はあまり置いていなくなった。しかし、私のように年期の入った煙草呑みは、本能とも言える探査能力を有しており、すぐに灰皿を見つけちゃうのだ。台湾上陸第一服。ぷぁ 〜っ。



シーザーパーク・タイペイにチェックイン後、買い物を頼まれていたのですぐに市内の免税店へ。閉店一時間前だったので店内は他の客はほとんどおらず、ちょっと寂 しい雰囲気。頼まれ買い物だったから良いようなものだけど、自分の買い物だとパワー削がれるな。

さて、今回ツアー初の夕食だが、全台湾に解き放っている工作員の一人から「親方、 ええ子・・じゃなくて、ええ店おまっせ!」との情報を受け民生東路二段147港11-1に ある「儂来喜慶延席」という店に向かう。

この店はメニューも多く、台湾のスターシェフのお店であり、しかも安いので地元の人々に絶大な支持を受けているらしい。例えば青椒肉絲が140元、牛肉のオイスターソースが200元、そそられるからすみチャーハンが180元。だいたい3倍すると日本円での価格だから餃子の王将より安いんじゃない?。日曜日の夜だった事もあろうが、店内は満員、家族ずれが店外まで何組も待っている様子。まっ、しゃーないかと並んでい ると、店員が付いてこいと言う。狭い通路を挟んですぐ隣に別館?があった。しかしそこも満席。するとまたまた付いてこいと言う。

ほんの少し歩いて連れて行かれたのが「儂来 魚翅鮑魚龍蝦専売店」だった。

ヤバい。なんか高そうな雰囲気。だってフカヒレ・アワビ・伊勢エビ専門店って書いてあるんだろ?これ。

時間を見るともはや午後8時になろうとしている。台湾第一回目の夕食のため、機内食も半分しか食べずにいたので空腹感は絶頂を極めていた。いざとなったらVISAがあるさ、と意を決してご入店。

なんと、この店にはA定食とB定食しか無いのである。まるでどこかの政党の執行部人事みたい。しかも定食の料理はAもBも同じ。旅行直前に携帯をiPhonに替え、日本語から各種言語に翻訳できるアプリケーションを入れておいたのが役に立った。「AとB どうちがうの?」と聞けば、ウェイトレスのおばさんは片言の日本語で「Aはおっきフカヒレ、おっきアワビ、おっき伊勢エビ。Bはちっさいフカヒレ、ちっさいあわび、ちっさい伊勢エビあるよ」と明瞭かつ端的にお答えいただいた。かなりボリュームがあり そうなのでA定食をシェアする事に。

先ずは突き出しとサラダ。突き出しはニンニクの芽とタマネギ、練り物風のものを和えたもの。サラザは黒豆がちょっとうれしかったが、魚翅鮑魚龍蝦専売店なる店でかに蒲鉾を使うなよ、とこの先が不安になる。
 

ところが、ところがである。そんな不安を第一番目の主役が一瞬で吹き飛ばしてくれた。テーブルに運ばれてきた土鍋のふたを開けたとたん、誰もが息を飲み、暫く声も出ない。  「で、で、でかい」 煮えたぎるとろみの付いたスープの中には巨大なフカヒレが幾重にも重なっているではないか。よくあるレトルトのフカヒレスーブなどの、全く存在感のない、繊維のようなフカヒレではない。ドカンというか、ドスンというか、ドボンというか、重量感満載の迫力。これぞキングオブ・フカヒレと言わずしてどうするの? しかも食べに くい程肉厚なのだ。
 
 二杯目には「完熟 赤山椒」をかけてみる。ほんの少し残っていたフカヒレの生臭 さが消え、さらにも増しておいしく頂けました。

干し貝柱やオイスターソースの、見た目より薄味なスープも絶妙で、ごはんやラー メンを入れればさぞ美味しかろうと、おばさんが土鍋を下げて行く後ろ姿を見送った。 お名残惜しい。

続く・・・。
 

 
 

>次の日記へ  2009年12 


    

 

 
2000年 (2)   2001年 (114)   2002年 (27)   2003年 (30)
2004年 (21)   2005年 (15)   2006年 (21)   2007年 (6)
2008年 (24)   2009年 (24)   2010年 (22)   2011年 (30)
2012年 (50)                  

ご意見・ご希望をお寄せください

Copyright (c)  friendfood Corp.  All Rights Reserved